Interview_10

ジャムズネット東京メンバーインタビュー 第10回

聞き手:池田 みどり

ニューヨーク発信の乳がん患者をサポートするNPO法人「BCネットワーク」の代表である山本さん。最新の乳がん治療情報、患者サポート、早期発見啓発運動を軸に、積極的にセミナーやワークショップをニューヨークで展開してきました。2010年7月10日には、日本での『第2回目乳がんシンポジウム@横浜』を開催します。“患者力を高める”をキーワードに、患者と医療関係者の良好な関係を探っていきます。
山本眞基子.jpg山本眞基子さん

■山本眞基子
略歴:ニューヨークの大学卒業後、米国証券会社で機関投資家向け営業として日本企業機関投資家とのアメリカ株の売買に10年間携わる。その後、早期乳がんを発見、治療をする。コロンビア大学病院付属の乳がん患者団体で理事として10年間活動。2005年に同じく30代の日本人乳がん患者とともに、BCネットワークを創立。2009年より日本でも活動を本格的に開始。
BCネットワークhttp://bcnetwork.org/
BCネットワークジャパンhttp://bcnetworkjapan.org/

証券会社で機関投資家向け営業をされていたということですが、どのような毎日でしたか?

 東京女子大学英文科卒業後、ニューヨーク大学で2年間マーケティングの勉強し学位を取りました。その後、証券会社に就職し、ウォール街で日本企業の機関投資家を対象に営業をする事になりました。朝6時半からスタートし、帰宅後も日本に電話して仕事するという毎日でした。夫も同じく証券会社勤務でしたので、週末は家にいない事が多く、私自身も、週末は接待ゴルフという状態でした。とはいえ、子供も未だいませんでしたし、結構楽しく仕事やっていました。
婦人科の定期健診を受けた折、アメリカ人婦人科医から、「いつ子供を生むつもりですか?」と聞かれました。34歳になっていました。「今は全然考えていません。私は元気なので、いつでも産めると思っています」と答えました。そのとき産婦人科医に「女性はいつまでも子供が産めるとは限らないのですよ。ほら・・・」と言って、年齢に従って子供を産める率が下がっていくというチャートを見せてくれました。いつでも産めると思っていた私は、チャートに愕然として、あわてて夫に相談しました。4年後に乳がんが発見されましたので、あのときあの医師の一言がなかったら、子どもを産める時期を逃していたかもしれません。

ウォール街での営業の経験が現在、BCネットワークの活動に大変役立っています。セミナーやシンポジウムを開催したいと企画を練っても,資金が無ければ企画を遂行できません。必要経費を参加者さんへの会費だけで募ろうとすると無理が生じます。ホームページの立ち上げにも資金が必要です。そういった時に関連企業に寄付をお願いするにも,過去培った営業力があってこそ、BCネットワークが企画したセミナー、シンポジウムへの寄付を協賛頂けていると思います。

・ 早期がんはどのようにして見つかりましたか?

38歳のとき、アメリカ人女性の友人が、自分の胸にしこりがあるようだと、慌てた様子で電話をかけてきました。彼女のお母さんは乳がん経験があり、友人もいつも乳がんの心配していました。婦人科に診てもらいに行く間、息子を預かってほしいという電話の内容でした。
その騒動のあった夜、私は気になって、初めて自分の胸の触診をしてみました。すると、マーブルチョコレートの様な丸い感じのしこりを感じました。早速かかりつけの婦人科の医師の診察を受けました。そして初めてのマンモグラフィーを受けました。その結果、怪しい影があるとのことで、ニューヨークのコロンビア大学病院で診察してもらえる様に手配しました。そのときの乳腺外科医が、2010年BCネットワーク主催乳がんシンポジウム@横浜に招聘したフリヤ・シュナベル医師でした。

部分削除手術の後、化学治療もする事にもなり、放射線治療を含め7ヶ月ほどかかりました。軽めの化学治療だったおかげで、髪の毛が無くなった事以外は、日常は、かなり運動もするなど、普通にして暮らしました。当時、子供も3歳くらいでしたが、私の乳がん治療の事は何も感じていなかった様で、高校生になった今も記憶に無いと言っています。

・ コロンビア大学病院付属の乳がん患者団体に理事になったきっかけを教えてください。

コロンビア大学病院で、乳がん部分削除の手術をしてくださったのが、フリヤ・シュナベル先生です。その頃先生は若手の乳腺外科医の一人でしたが、40歳過ぎで乳腺外科部長に就任されました。私は、化学治療、放射線治療を終えた後、シュナベル先生に何かお役に立てることは無いかと伺いました。先生は、既に患者さんとコロンビア大学病院内に乳がん患者団体(Women At risk 略してWARと言います)の設立、活動に邁進されていました。このウイメンズアットリスクの理事の一人に推薦して頂き、活動を始めました。

この患者団体は、パーティーなどで寄付金を集める組織で、集まった寄付金をコロンビア大学病院内の乳がん研究と研究者へのサポート、乳がん患者さんへのセミナーを開催、そしてリソースルームと言う患者さんの図書室の運営をしていました。リソースルームというのは、乳がんを告知された方が病院内で自由に立ち寄る事のできる図書室です。そこではいつでもボランティアの経験者がお話を聞いてくれます。また、多くの関連治療の案内書があり、患者にとって治療資料を探す事ができる場所です。こういった非営利団体の理事の活動は、主に年1回開催されるファンドレイジングの為のパーティーの企画補助と、パーティーの為の寄付や、オークション商品の寄付を企業から引き出す仕事でした。ここでは過去の仕事の経験が大いに役立ちました。

・その後、ガンが肺に転移されましたが・・・

1回目の乳がンの治療終了後、ホルモン治療として、経口薬を自宅で5年間飲み続けました。副作用はほとんどありませんでした。ホルモン治療による副作用が大きいと思われている子宮内膜がんの疑いで、2回生検をしましたが、基本的にはすごく元気に暮らしていました。若くして乳がんになったので、再発しないよう、体にいいと思われる事(サプリ、食事法、運動など)を実践していました。ホルモン治療が終了し、1年が過ぎ2年が過ぎると私は乳がんのことを気にしなくなり始めました。そんな折、毎年の内科医検診で肺のエックス線検査で異常が発見されました。肺のVATSという手術の結果、乳がんの転移と判明しました。乳腺腫瘍内科医は、化学治療を勧めましたが,その頃発売になっていたホルモンアロマテーゼ阻害薬を飲んでみてから化学治療に移っても良いのではないかと考えた私は、同じコロンビア大学病院の別の若手の腫瘍内科医にセカンドオピニオンを伺う事にしました。若手の腫瘍内科医も私と同じ考えで、アロブテーゼ阻害薬を数ヶ月服用してみてから,次の治療を考えましょうという事になりました。自宅で毎日薬を服用するだけになってから、ニューヨークのがん治療で有数のメモリアルスローンケタリング病院にもサードオピニオン(3回目)の診察を受け、同じ様な医師の推薦を受けました。そして、数ヶ月後の検査で2個の腫瘍の拡大はみられず、アロマテーゼ阻害薬の服用を続け、約6年、現在に至っています。

私にBCネットワークとして会ってくださったある日本企業の重役は,私があまりにも元気そうなので経験者ですかと聞かれ,これからも乳がんと生きていく事をお話すると、BCネットワークの活動なんかやっていていいのですか、病院に行かなくても良いのですかと聞かれたりします。その時は,普通の人より,検診の為に病院には煩雑に行きますよと言う事にしています。こういった経験もあるので、あまり私は自分の乳がん経験を口に出して言う事はございません。がんと共に生きていくという事実が、普通の方には病院で死を待つ人のイメージが強いのでしょう。これからは元気ながん患者が多く生きていく事が普通になっていく事を願います。

・ BCネットワークを設立されたきっかけは?

肺への乳がん転移を発見してからは、自分が、乳がんに死ぬまで付き合わねばならない覚悟ができました。同じ頃、ニューヨークに以前からあった草の根日本人乳がん団体“ネスト”のミーティングに誘って頂きました。そこで、BCネットワークを共に設立する事になる女性たち二人に会いました。3人とも若くして乳がんになったので、長生きできる様に若い世代に必要かつ有効な情報を、日本語で発信したいという思いが大きくなっていきました。日本語でのサポートはアメリカでは少なく、情報を発信しているグループはありませんでした。また、日本の患者団体は新しい治療などの情報発信することはほとんどなく、あくまで患者さんだけの集まりです。私は、コロンビア大学病院乳がん患者団体の経験から、寄付協賛を受け付ける事のできない団体を設立するつもりは無く,弁護士を雇ってBCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立し、二人の仲間と乳がんの情報発信を中心にした活動を始める事にしたのは2005年でした。

・ BCネットワークの今までの主な活動を教えてください。

1)毎月、ホームページから、アメリカにおける最新の乳がんの治療、検査法などの情報を日本語で発信しています。同時にメールマガジンを毎月、BCネットワークに登録している方に発信します。
2)無料電話/メールでのサポートホットライン(乳がん経験者が新しく乳がん告知された方、またはしこりを見つけたけれども、どこの病院・医師に電話すれば良いのか解らない方に、適当な病院・医師を提案します)
3)毎年1回ニューヨークで早期発見啓発セミナーを開催しています。(乳腺専門医を日本から招聘しています)
4)2009年から,日本でも乳がんシンポジウムを開催して、乳がん先進国であるアメリカの患者団体として、日本人女性に向け治療・検査法、その他の治療選択(代替/統合療法など)、運動提案をしています。
5)ニューヨーク近辺で、年に2回は、乳房セルフチェック講習会を開催(乳がんに関係ないと思っている日本人女性への自己検診法のゲーム式による楽しい講習会です)

・ 今後の活動について教えてください。

2010年7月10日に『第2回乳がんシンポジウム@横浜』をみなとみらいの「はまぎんホール」で “患者の力を高めよう”というサブタイトルで開催します。ジャムズネット東京と湘南記念病院との共催です。アメリカ人乳腺外科医の基調講演だけでなく、パネルディスカッションで参加者さんと、患者本人の認識力を高める方向に持っていく議題をじっくりと話しあいたいと思います。「はまぎんホール」は舞台とオーディエンスが一体形式のホールですから、一般参加者さんからの質問もスムーズにいくと思います。休憩時間中には、数多くの参加医師と一般参加者さんが,立ち話ができる雰囲気を横浜在住の著名ジャズボーカリストとピアニストが癒しのジャズの演奏で作りだしてくれると思います。開演前と休憩時間には、免疫療法のクリニックと遺伝子検査の企業の説明展示がありますので、新しい治療情報をとり入れる事ができます。そのほか、オークションもあり、オーガニックのチョコレートの参加者全員への進呈もあり、抽選で寄付された商品の贈呈もありと、中身も盛りだくさんです。4時間半を有効かつ楽しく勉強してもらえる様になっています。

・ジャムズネット東京に期待すること

ジャムズネット東京代表の仲本光一医務官には、5年前にニューヨークでの第1回乳がん早期発見啓発セミナーからセミナー開催にご尽力頂きました。その時に日本から招聘した医師が、『第2回乳がんシンポジウム@横浜』で共催したいただく湘南記念病院の土井卓子先生です。5年前のニューヨークでの3団体が共同で横浜でのシンポジウムを開催できる事を大変嬉しく思うと共に、それぞれが違う分野にもかかわらずここまで漕ぎつけた事をありがたく思います。
今後のジャムズネット東京は,日本と外国に住んだ事がある団体と個人のブリッジとして活躍して頂きたいと思います。そして幅広く,奥の深い団体として活躍を期待しています。これからは団体やグループに所属しない個人の方にも 発信していける様な団体に成長していく事を期待しています。

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